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4, あえてクセノフォンを擁護する
いやあ、まいりました。皆さんのクセノフォン評価が、あれほど低いとは。彼の「ソクラテスの想い出」を読んでも「哲学を感じられない」、「あれは自問自答しているソクラテスを描いているに過ぎない。他者の質問に対して答えているのではなく、自分でわかっている問題を問うて用意している答えを相手に伝えているだけ」。あまつさえに、クセノフォンの描くソクラテスをキルケゴールが「お人好しのおしゃべりな変人」とこき下ろしていることを引用している岩田靖夫著『増補 ソクラテス』(ちくま学芸文庫、p.20)が紹介され、クセノフォン・ファンとしては何とも言いようがありません。 ソクラテスの話し相手とのおしゃべりをクセノフォンが忠実に再現しているとしたら、「おしゃべりな変人」はソクラテスの実像と言うことになりますね。しかし、ソクラテスの本質部分をあえて省いていたとしたら、クセノフォンはその部分を描かないほうがいい、と判断してのことだった、と考えられるのではないでしょうか。 ここでは、キルケゴールの『著作集20 イロニーの概念』(白水社)の「クセノフォン論」(pp.30-51)を



