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9,座談「未完成の美学」

 いやあ、前回の座談は凄かった。ひたすら兜を脱いで、私の無知ぶりが晒されて、なんとも恥ずかしき限りです。「生の素動」なる難しい表現で女子学生たちのおしゃべりの本質について述べている私の哲学の師・井上忠先生は「いかなる言葉遣いで皆さんに接していたのですか」との冒頭の問いに、かくなる私は答えることができませんでした。ようやく思い出したのが、いつもテレビで石川さゆりの歌を楽しんでいる姿でした。聖徳大学の同僚だった長谷川弘基先生は、千代田線の中で夕陽を見ながら会話をしているときに、「井上先生は哲学者というより文学者、詩人の一種のように感じていた」と話してくれていたことを思い出します。その先生は「ハイデガー・イズ・マイエネミー」と、ハイデガーをライバル視しておりました。

 

 さて、座談で「ハイデガーは、存在は欠如、と言ったのではないか、と記憶している」とのお一人の言葉から、千利休の「茶道の極致に『欠く』あるべし、がある」「茶会に一期一会、の言葉がある」「デザインの専門家によると、素人は完全に仕上げることを目標にするが、プロはそれを崩すことだ、と聞いたことがある」「小さな出版社で本を作っていましたが、『男は少しぐれたほうがいい』のタイトル本がヒットした」「富山の画家・篁牛人に『極美に醜あり』の言葉がある」「シューベルトの交響曲『未完成』も、欠如の魅力なのではないか」「そういえば、ロダンの彫刻『カレーの市民』もたしか未完ですよね」「川端康成の『雪国』も未完成だとか」

 

 ハイデガーが「存在は欠如である」と言った、という話は寡聞にして聞いたことがありませんが、彼が常に強調していたのは「存在は隠蔽されている」ということです(ハイデッガー『形而上学入門』川原栄峰訳、平凡社)。わたしたちは「見えない」「知らない」「気づかない」などと、「ない(無い)を使って表現しますね。「見えない」は、対象が何かに隠されていたり、暗闇で光がないことなどで、「存在物」が見えなくなっていることによるものです。「知らない」は、知識や体験、情報の不足によって、何かの存在物(対象)について、「知」の領域に入ってこないということです。「気づかない」は、関心の外にあるために、その存在物や、他者の心根が、自分の心に届かないということですね。

 

 つまり、「あるもの」(存在)は「無に覆われている」いるときに表に出てこないだけで、それは「無い」のではない、ということです。「完全なものに美はない」「欠けがあることが美の本質である」との千利休の表現と、ハイデッガーの「存在は隠蔽されている」をつなげると、隠蔽されているのはその「欠けた何か」であり、その何かの「存在」が美を演出する、と言えるかもしれません。

 

 わたしたちが「未完成」なものに、ひきつけられるのは、その背後に秘められた多彩な「完成形」の可能性が、わたしたちの感性を揺り動かすのではないでしょうか。ハイデッガーは、『ニーチェⅠ』(薗田宗人訳、白水社)、の中で、存在と無の関係を、昼がなければ夜はなく、夜がなければ昼はない」と昼夜の関係のたとえで説明しています(p.475)。

 

 なかなか面白いと思いませんか。

 
 
 

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