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8,「生の素動」:神々の痕跡と出会う力

  • 2025年11月19日
  • 読了時間: 3分

 音楽を座談のテーマとした前回も、みなさまから多種・多彩なお声で盛り上がりました。「南こうせつの演歌『神田川』は、女性のやさしさを唄ったものだ、という説を読んだことがあります」「えー、そうですか。歌詞にある「ただ貴方の やさしさが怖かった」は男性のやさしさを唄ったものと思っていましたが」「私はクラシックよりもジャズやシャンソンが好きで、銀巴里にはよく行った記憶があります」

 

「あるときからビートルズにはまって、この聖徳SOAでビートルズの講座を今やっているので参加しています」「小林秀雄が大阪・道頓堀でモーツァルトの交響曲40番ト短調4楽章が流れているのを聴いて、感動のあまり涙を流した、と書いているのを読んで、何度もレコードなどで聴いているのだけど、ちっともその良さがわからない」

 「樺美智子さんが60年安保のときのデモにわたしも参加していて、国会議事堂に石を投げたよ。あのころ私たちはデモの後、新宿の歌声喫茶「ともしび」に流れて、ロシア民謡を歌ったものだったなあ」


 とまあ、前回も話の尽きない座談が展開しました。今回は、テキスト58ページの「おしゃべりに潜む『生の素動』がテーマです。


 ハイデガーは『乏しき時代の詩人』(手塚富雄、高橋英夫訳、理想社)の中でリルケの次の言葉を引用しています(p.43)。「恋人同士が相手のなかに自己の広がりを見る瞬間や神への献身の中にいるときに、わたしたちは動物や花と同じように『開かれた自由』の中にいる」


 この素敵な言葉は、おしゃべりしている私たちにもあてはまるのではないでしょうか。わたしたちが夢中でおしゃべりしているとき、わたしたちは自他の境界を越えて、お互いがあたかも相手の中に「自己の広がりを見る」そのような瞬間を経験するのだと。


 私の哲学の師・井上忠は、聖徳大学という女子大の現場で、女子大生のおしゃべりに悩まされていました。ある時、彼女たちのおしゃべりから「生の素動」なる概念をひねり出しています。「女の子たちの反応行動は、まず『好き』『嫌い』から始まるが、…ときにはたんなる一過性の気まぐれを超えて、彼女の生涯のーさらに母親となる場合には彼女一個の生涯を超える射程を持つー運命に深く刺し通されてその全貌を塗り替えうるものである」(井上忠『言語機構分析の現状-一つの自画像―』聖徳大学研究紀要、p.10)と読み解いたその彼女たちの現れを「生の素動」と名付けた(同p.10)のです。


 私は井上の巧みなネーミングについて、「おしゃべりの特徴は、言葉がそれ自身の完結を求めない、言葉そのものの『断片』、すなわち『ことの葉』(あるいは『ことの端』)へと還元されることを示している。それは結論を目指すような文脈を持たない、いってみれば枠組みなき言葉の放浪である」(テキストp.60)、と私は書きました。


 ヘルダーリンの詩を読み解くなかで、「詩人とは神々の痕跡を感じとる人間である」(乏しき時代の詩人』p.13)とハイデガーは書いていますが、「神々の痕跡」とは井上の言う「人間化以前の原初地平」と通じるもので、おしゃべりには「自他の境界を越えて、そのような痕跡や地平に出合わせる力がある」と私は考えるのですが、いかがでしょうか。

 
 
 

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