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3,パスカルの問い:なぜ、私は、いま、ここに

  • 2025年5月22日
  • 読了時間: 3分

 前回は、「哲学とは何か」の問いから始まり、「なぜの問いを連鎖させることが哲学の本質」「哲学は問いを発酵させる営み」など、機微に触れる答えが用意されました。大森貝塚を発見したモースが「日本人にはなぜの問いがない」と語っていたことが、朝日新聞の「天声人語」(2025.5.5)で紹介されており、「なぜの問い」の欠落が日本で哲学が根付かなかった理由ではないか、とのご指摘、またバスケット・ボールの人気漫画『スラムダンク』は哲学書と言えるのではないか、との興味深い話も飛び出しました。


 テーマ「もう一人の私」については、「私の知っている私」には「他者に知られたくない私」「他者に見られたい私」など多面的で変化する「私」があり、他者のフィルターを通して「私の知らない私」が浮上して「もう一人の私になる」と、あとで図式までいただいてのご意見、そして「鏡はなぜ(左右)逆に映る?」をテーマとしたNHK番組「チコちゃんに叱られる」(2019.12.20)から、鏡像の「もう一人の私」についてもご意見も出されました。

 

 本日は、テキスト第二章「あなたとしての私」(pp.29-45)に入ります。古代ギリシアのアテナイにいる「私」は、アテナイの繁栄を築いた高名な政治家ペリクレス(紀元前495?~429)のささやく声を聞きます。「君は、なぜ、いま、ここにいるのだ」。この問いは、長い間、私を悩ませてきたことを告白しなければなりません。私はなぜ、イスラエルに蹂躙されているパレスチナのガザ地区にいないのか、ロシアの侵攻を受け苦悶しているウクライナの住民としていないのか、あるいは、第一次世界大戦で従軍した哲学者ウイトゲンシュタイン(1889-1951)のように、「いま」「この瞬間」にそうした戦場にいないのか。私には、パスカルの次の声が聞こえてくるのです。

 

 「私の一生の短い期間が、その前と後に続く永遠のうちに没しさり、私の占めているこの小さい空間が、私の知りもしない無限の空間のうちに沈んでいるのを考えるとき、私は自分がここに居てかしこにいないということに、恐れと驚きを感じる。と言うのも、何ゆえかしこに居ないでここに居るのか、何ゆえかの時に居ないで現にこの時に居るのか、全然その理由がないからである。誰の命令、誰の指図によって、この時この所が私にあてがわれたのか?」(パスカル『パンセ』第三篇二〇五、世界の大思想22「パスカル・パンセ」松浪信三郎訳、河出書房新社.p.104、テキストp.31、テキストp.32)

 

 何千年、何万年もの人類の歴史の中で、1946年2月4日、埼玉県行田市の一角で生まれたのがなぜ「私」なのだろうか、私は宮沢賢治の詩『春と修羅』を思わざるを得ません。 


 わたくしという現象は 仮定された有機交流電燈の ひとつの青い照明です

     (あらゆる透明な幽霊の複合体)…

 (すべてがわたくしの中のみんなであるように

 みんなのおのおののなかのすべてですから)


 私の中に「みんながある」とは、どういう意味なのだろう。「みんな」とは、無限の時空間に存在するすべての人間存在、いや「いのち」のことなのだろうか。すべてが重なり合っている量子的波動のような全体が「いのち」なのだろうか。


 「べらぼうめ!」

 
 
 

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