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10、「なる」の哲学:ソクラテス型人間の時代の終わり?

 「即今当処自己」(禅の言葉「今、この場所で、自分自身が、できることを精一杯やる」)「私はネットワークではないか」「夢の中の世界こそ、釈迦の言う空ではないか」など、前回も刺激的な声をたくさん頂戴しました。ありがとうございます。

 

 さて、最終回は、現代に戻った「私」が、アリストテレスに手紙を書き、アリストテレスの返信で終わる形式をとるテキスト『アカデメイアの学堂』第九章「『なる』の哲学」(pp.169-187)です。p.172「ニーチェ」をお開きください。P.175まで朗読します。『ツァラトゥストラ』における彼の基本思想「永劫回帰」での中心メッセージ「これが生だったのか。よし!それならもう一度」を読む私の頭に、リヒャルト・シュトラウスの交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』が鳴り響きます。スタンリー・キューブリックは、ニ短調とニ長調の間を揺れ動く不安定な序曲冒頭を映画『2001年宇宙の旅』の出だしで使っています。道具の使用を機に、猿が人間に進化して宇宙にまで飛び出すこの映画、ニーチェとの関連を皆さん何かお感じになったでしょうか。


 ニーチェは、ギリシア世界における造形の芸術神アポロと音楽の芸術神ディオニュソスとを対比しながら、科学主義の隆盛の土台を作り、芸術を科学のはした女にしてしまったのが、ほかならぬソクラテスであったことを処女作『悲劇の誕生』で詳論しています。そして、「ソクラテスのいわば背後で、論理的ソクラテス主義という巨大な動輪が回っている」(『世界の名著ニーチェ』中央公論社、p.529)とし、「理論的人間は、…科学の原理の上に築かれている文化が非論理的になりはじめるときには、没落するほかはないのだ、と感じている」(同p.560)「そうだ!わが友たちよ!…ソクラテス的人間の時代は終わりを告げたのだ」(同p.574)とまで言い切ります。


 ギリシア悲劇の本質を、酩酊と狂乱の神でもあるディオニュソスの情感の世界に求めるニーチェは、ソクラテス的な問い「イエス」か「ノー」の二分法原理で発展してきた論理型社会への批判を先取りしているように思えます。論理に支えられた科学社会が発展を遂げるなかで、ソクラテスの「汝自身を知れ」の呼びかけが、ますます重みを増し、「汝」すなわち私たち「人間」が、いつ「人間」になったのか、その問いへの一つの答えをシャニダール洞窟で発見された6万年前の「花を愛したネアンデルタール人」に「私」は求めました。


 テキストのp.180で私は「すべての人間は生まれつき知ることを欲する」と述べたアリストテレスに対して「すべての人間は生まれつき創ることを欲する」と語りかけます。そして「私は何者なのか」というゴーギャンの問いに対して、「私は何者になるのか」を哲学的問いの第一原理として掲げ (p.182)、レオナルド・ダヴィンチの手紙を引用しながら、「私は何者にもなれる」(同)と結論づけ、対話の相手アリストテレスこそ「なる人だった」と手紙に書くのです(同p.183)。 


 さて皆さん、この科学主義の到達点とも言えるAI全盛の時代に、「ソクラテス的人間の時代の終わり」を感じますか。

 ご自由に、議論下さい。

 
 
 

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