top of page

1, 哲学的ファクションと「私」

本日から始まる講座の内容について、次のようにパンフレットに記載させていただいています。

 「私は誰?」。永遠の問いを胸に、「私」は古代ギリシアへの旅に出る。プラトンの学園アカデメイアに向かう途中で出会ったアリストテレスを案内人に、ソクラテス、プラトン、…そして時空を超えて登場するニーチェやアインシュタイン…人類最高の智者たちとの対話がいま始まる!さて、どのような話が展開するか、お楽しみに。

 テキストとして皆さんにお渡ししている拙著『アカデメイアの学堂』(夢譚書房)は、新しい哲学表現を目指して名付けた「哲学的ファクション」として書き上げたものです。ファクションとは、ファクトとフィクションを組み合わせた造語で、事実と事実の隙間をイマジュネーションで埋めることによって、過去をダイナミックに再現する手法、と位置付けています。

 

 サブテキストとして、私の小論文『哲学的ファクションの創造』(聖徳大学総合研究所『論叢』4)をお渡しして、拙著の背景をお話させてください。そこで、プラトンの対話編が、事実上、私の定義するファクションの部類に属することを示しています。ソクラテスがソフィストのプロタゴラスに議論を挑む作品『プロタゴラス』の想定設定年代(BC433-432にプラトンはまだ生まれておらず、喜劇作家のアリストパネスらがソクラテスを囲んでエロスについて議論を交わす『饗宴』が開かれたとされる年代(紀元前416年)には、プラトンはまだ十一歳、といった具合(サブテキストp.313)で、これらの見てきたような話はすべて何らかの形でプラトンが集めた情報によって再構成されたものです。

 

 古代ギリシアの哲学者たちの逸話を豊富に集めたローマ時代の該博家ディオゲネス・ラエルティオス(3世紀ごろ)の『ギリシア哲学者列伝』(岩波文庫、加来彰俊訳)によると、プラトンは二十歳のときソクラテスの弟子になった(三巻一章六、p.253)そうで、対話編『リュシス』をプラトンが読み上げるのを聴いていたソクラテスは、「おやおや、この若者は何と多くの嘘偽りをわたしについて語っていることだろう」とも言ったと、ディオゲネスは書いてもいるのです(同三巻一章三五、p.276)。

 

 「つまり彼の作品は、現実に存在する人物を歴史的な事実に載せ、それぞれの役割を演じさせることによって、彼自身の哲学を語っていくまぎれもない哲学的ファクションなのである」と私は書きました(サブテキストp.314)。そして、拙著について「私が試みている哲学的ファクションは、プラトン型の対話編とイコールではない。対話は活用するが、生きている人間同士の対話ではない。それは、私自身と死者との対話がベースになるのである」と書きました(同p.315)。

 

 次回、「私」は古代ギリシアの港ファレロンにいて、アテナイに続く登り坂を歩いていく小さな目が愛らしい、指輪をいくつもはめたお洒落な若者を見かけます。「ああ、あれは」と私は声をかけます。「おーい、そこのお人、アリストテレス、待たないか」(テキスト『アカデメイアの学堂』p.11)。とまあ、こんな形で本講座は始まります。

 
 
 

最新記事

すべて表示
10、おしゃべりとかけてソクラテスと解く:その心は?

前回の座談「未完成の美学」も、皆さまの知見が沸騰して、私のような無知蒙昧な輩はただ目を白黒するばかりでした。ジョジ・ハリソンのギターがうますぎて、ポール・マッカートニーが「ぼくの作曲した曲は『へたうま』に弾いて欲しいんだよ」とクレームをつけ、ギター演奏を自分に変わった、とのビートルズ逸話が紹介されました。「へたうま」って、いったいどんな弾き方なんでしょうね。  この曲は、「Ob-La-Di Ob-

 
 
 
9,座談「未完成の美学」

いやあ、前回の座談は凄かった。ひたすら兜を脱いで、私の無知ぶりが晒されて、なんとも恥ずかしき限りです。「生の素動」なる難しい表現で女子学生たちのおしゃべりの本質について述べている私の哲学の師・井上忠先生は「いかなる言葉遣いで皆さんに接していたのですか」との冒頭の問いに、かくなる私は答えることができませんでした。ようやく思い出したのが、いつもテレビで石川さゆりの歌を楽しんでいる姿でした。聖徳大学の同

 
 
 
8,「生の素動」:神々の痕跡と出会う力

音楽を座談のテーマとした前回も、みなさまから多種・多彩なお声で盛り上がりました。「南こうせつの演歌『神田川』は、女性のやさしさを唄ったものだ、という説を読んだことがあります」「えー、そうですか。歌詞にある「ただ貴方の やさしさが怖かった」は男性のやさしさを唄ったものと思っていましたが」「私はクラシックよりもジャズやシャンソンが好きで、銀巴里にはよく行った記憶があります」   「あるときからビートル

 
 
 

コメント


bottom of page