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8, ロックだよ!演算子としての「私」

 本日は、前回の講座の後のくつろぎランチタイムで頂戴した朝日新聞の記事「ロックじゃねえ!―僕の生き方の基準 ブレぬ強い「腹」 ゼロで無で空だよ」(2024.6.8、声×インタビュー、俳優 松重豊さん)から入ることにいたします。「ロックじゃねえ!」とは、ある小学校の先生が、ウソをついて言い訳をするといった生徒たちの行為に対して、怒り心頭に達したときに発声する言葉だった、と卒業後十年たっている大学生が「声」欄へ投稿した「今も聴こえるロックじゃねえ!」で紹介されている言葉です。


 この投稿をNHKの番組で朗読した松重さんが「号泣した」と語っていたことを知った朝日新聞が、6月9日の「ロックの日」に引っ掛けて「うれしい!でも、ロックの意味がわからない!! 音楽好きで有名な松重さん、教えてもらえますか?」とインタビュー記事にしてまとめたのです。

 

 この記事に対して、松重さんのコメント「般若心経にはロックスピリッツが詰まっています。人間は、築いたキャリアや己のスタイル、価値観にどうしても縛られてしまいます。それが精神のぜい肉です。それに対して般若心経は、お前が信じているものなんか何でもない。ゼロだよ無だよ空だよと。色即是空空即是色。大変にロックです」に、この記事を提供してくださった方は、赤線を引いています。

 

 「ロック」とは、何事にも「とらわれない」「こだわらない」自由な生き方を私たちに求めさせる点で、ソクラテスが問答法で人々を覚醒させた「産婆術」に通じます。異色のグルメコミック『孤独のグルメ』(扶桑社)を映像化した同名の番組に、松重さんは主人公として登場し、まさに「ロックぶりを」そのまま表現しているように思えます。漫画の主人公のゴローさんは「自身の対話を思いのままにふくらませ、…ぶっちぎりの自由がある」(同書2解説p.139)と書かれています。


 「ロックな生き方」は、「狂ったソクラテス」とプラトンにあだ名されたソクラテスの孫弟子ディオゲネスを彷彿とさせます。犬を連れて街を徘徊し「犬のソクラテス」との異名をもつディオゲネスは「白昼にランプに火をともして、『ぼくは人間を探しているのだ』と言った」ことでも知られています。バチカン宮殿「署名の間」に掲げられているラファエロの壁画『アテナイの学堂』で右下にだるそうに横になっているのがディオゲネスです。ディオゲネス・ラエルティオスの『ギリシア哲学者列伝(中)』に彼の「ロックな生き方」がたくさん見られる(同書pp.127-182)のですが、皆さんは、彼の挙動・言動のどこに「ロック」を感じますか。

 

 人々の心に働きかけ、心をある状態へと持ってゆくとき、ソクラテスの役割は、「心に働きかける演算子」(テキストp.143)と考えます。「演算子」は量子力学用語で、大文字のAやBと書き、心をギリシア文字のψと書くと、私Aが自分の心に、誰かBが私の心ψに働きかけたときの反応表現(αやβ)を、Aψ=αψ、Bψ=βψ などと書くことが出来ます。この方式から、松重さんの言う「色即是空空即是色」がどのように導き出されてくるのか、それは次回『第8章 無明』でのお楽しみと致しましょう。

 
 
 

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