top of page

7,分岐する私

  • 2025年7月11日
  • 読了時間: 3分

 問いかけ「心を覗くことができるのか」について、またまた皆さまから、貴重なお話を伺うことができました。「例えば誰かが何かを語ったことについて思い出したとしましょう。それは、私が心のなかで再構成したものなのではないか」「心の中はたえず揺らいでいて、これという形でまとまることがない」「川端康成の雪国で、主人公が駒子に言いよるたびごとに、するりとかわされてしまうように、心は常に揺れ動いている。太宰治の『人間失格』は、心の暗部を浮き彫りにしている」「事実とは、心の現実なのか」「心は脳の反映なら、素粒子レベルで考えるとどうなのか」「記録ではなく記憶に残る長嶋茂雄は、人々の心に残っている。しかし、それぞれの心に残っている長嶋茂雄は同じなのか」

 

 本日は、アインシュタインも登場するテキスト第六章「分岐する私」(pp.109-125)に入ります。この回は、ミクロの量子力学の世界で良く知られている「シュレージンガーの猫」と宇宙論で展開されている「マルチバース」(多元宇宙)を組み合わせ、「私」と言う存在が時空の中の重ね合わせの波動であり、意識しているこの「私」はそのなかの一つであり、私が死んでもほかの私が生存し、次々と分岐していく世界について書き込んでいます。

 

 テキスト「宇宙の波動」(p.122)をまずご覧ください。ここでの表現、「私は突然、競技場で二頭立ての馬車でスタジアムを疾走している私自身を見る。私の隣で、アリストテレスがもう一つの馬車で疾走している。大歓声の中、私たちは最終コーナーにさしかかる…」の場面は、実は、チャールトン・ヘストン主演の話題映画「ベンハ―」での戦車競争を思い浮かべて描いたものです。そのシーンをまずはご覧願いましょう。https://www.youtube.com/watch?v=1LVp4tvl5O4


 「私」は「私たち自身、および宇宙を構成するもろもろの存在が、生と死あるいは存在と非存在の重なり合った存在」(「重なり合う生と死」p.118)であり、アリストテレスと競争している馬車と接触して危うく死にそうになったとき、「あのヒヤッとした瞬間に、自分自身生き残る私と死んでいく私とに分岐していたのではないか」と思い至り、次のように結論づけるのです(p.213)。


 私を意識の主人公とした無数の宇宙が存在し、他方で私が風景の一つに過ぎない無数の宇宙が存在するのではないか。それぞれの宇宙は、歴史と連続性をもち、波動となって重なり合い、大宇宙を構成している。私を意識体の中心に持つ宇宙は、私の死とともに波動の状態を終える。…このように私とともに、世界がすべて消える。


 しかし、私が死んでも、全く違った人生の記憶をもつ別の私が分岐していきます。こうして、無数の私を意識体としてもつ重ね合わせの状態として、宇宙は存在するのです。生と死が重ね合わせの状態にあることを示した「シュレージンガーの猫」【生きてるし死んでいる?】小学生でもわかる・シュレディンガーの猫とは何か?【科学・ざっくり解説】と宇宙論で展開されている「マルチバース」(多元宇宙)https://www.youtube.com/watch?v=EAYnh0WL7cwついて、分かりやすく解説しているユーチューブもご覧いただきましょう。

 
 
 

最新記事

すべて表示
2,夏目漱石の『夢十夜』を読む

「若いころに金縛りのような感覚に襲われ、歯がごっそりと抜け落ちる夢をたびたび見ました」「崖から真っ逆さまに落ちる夢を何度も見ました」「高校に行きたくない、そんな夢ばかり見た記憶があります」。「空港での乗継便に間に合いそうもなく、焦っている夢は定番でした」。こわい話だけでなく「意識すれば、夢の続きを次の日でも見ることができます」といった話もあり、前回も「夢」をめぐって楽しい発言で盛り上がりました。

 
 
 
1, 夢日記開帳

前回の講座でご指摘を受けた「流れに棹さす」について皆さんにお聞きしたいと思います。夏目漱石の小説『草枕』の冒頭に「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される」という一節は、感情に流されてしまう生きづらさを表現した名言です。この「棹さす」について、「私は流れを止めようとする作業」と考えていましたが、「それは逆。流れをさらに勢いよくする行為ですよ」と、お一人からご指摘を受けました。その通りなのですが、統

 
 
 
10,誰がソクラテスの産婆なのか

前回も、皆さんから啓発的なお話をたくさんいただきました。 「人生って暇つぶし、と言った方がおりました」 「暇つぶし」とはよく言ったものですね。暇つぶし、とは、時間つぶし、と読み替えられます。時間は流れていき、それを止めることはできません。でも、何かをすることによって、時間を埋めることはできます。言ってみれば、時間をなくす、ということでしょうか。「人生は暇つぶし」と最初に言ったのは、あのパスカルです

 
 
 

コメント


bottom of page