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9,イリソス河のほとり:モーツァルトとソクラテス

  • 2024年12月9日
  • 読了時間: 3分

 最終回は、スイスの哲学者アミエル(1821-81)の一文をもって締めと致しましょう。


 死後にその日記が公開され、「心が変われば態度が変わり、態度が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば人生が変わる」「他の人を幸福にすることは、いちばん確かな幸福である」などの名言で、世界的に知られることになった孤高の存在は、モーツァルトがハイドンに捧げた6曲のいわゆるハイドンセット二曲目の『弦楽四重奏曲ニ短調』k.421を聴いた感想を、「エリシオンの落ち着きを予感指せるアッチカの一つの魂の一日を物語っている」と、四つの章ごとに次のように書いています。Pp.199-200)


 「第一場は、イリソス河の縁でソクラテスの試みた会話のように、愛すべき会話で、その特徴は細微な微笑と上機嫌な言葉を持つ微妙な都雅である」

「第二場は身慄ひの悲痛さを持っている。一片の雲があのギリシアの瑠璃色の空にかかった。互いに尊敬し互いに愛し合っている大きな心と心の間にさへ、人生には避けられない嵐が襲って来て、この調和を乱そうとする。その原因は何であろう。思違ひか、不注意か、怠慢か、それはわからない。とにかく嵐が突然襲ってくる。…その嘆きの内に何といふ向上があり、その非難のうちに何という籠った感情と優しい気高さがあることだろう」

「第三場の場面に描かれている和解の気軽さは、今度は自信がついて、わざわざ意地悪く自分を試すように、軽い嘲弄と親しい戯れにまで進んで行く」

「フィナーレは適度な快活、幸福な落着き、至高の自由を齋して、それがこの作品の基本的テーマとなっている内的生活に花をつける」

 

 「イリソス河の縁でソクラテスの試みた会話」とは、プラトンのソクラテス対話編『パイドロス』のなかのシーンです。主人公のパイドロスは、当時の人気作家リュシアスの最新作について内容を知っているソクラテスをアテナイ城壁の外、南側を流れるイリソス河のほとりへと連れ出してゆきます。プラタナスの樹がそびえる川べりに落ち着くと、ソクラテスは感嘆したように「ヘラの女神の名にかけて、このいこいの場所のなんと美しいことよ」とたたえ、木陰のすばらしさや、吹く風の心地よさ、蝉の鳴き声の夏らしい響きなどを絶賛するのです(プラトン『パイドロス』藤沢令夫訳、岩波文庫,p.17)。ヘラの神とは、ギリシア神話に登場する最高位の女神です。

 

 この場面の会話にアミエルは、モーツァルトの『弦楽四重奏曲ニ短調』k.421と同じ「細微な微笑と上機嫌な言葉を持つ微妙な都雅」を感じる、というのです。なんという繊細さ、なんという感受性、そして、プラトンのソクラテス対話編の本質を読み取っていることに驚きを隠せません。ソクラテスは、対話によって、相手を既成の価値観から解放することによって「自由」にします。その本質を、アミエルはモーツァルトの音楽の中にも見出していたのです。「モーツァルトは美なのだ。プラトンの対話のように、疲れを癒し、人を尊重し、人に自信を持たせ、自由と均衡を与える」(p.134)

 

 「モーツァルトが音楽のソクラテスである」ことにアミエルは気づいていたのです!

  

 次回2025年1月14日(火)から始まるSOA講座


「情念のソクラテス」としての「ドン・ジョヴァンニ」に


 もご期待ください。

 
 
 

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