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10,キルケゴールの「ソクラテス的助産術」、モーツァルトの「音の実存」

 前回のポスト・モダンとボカロとを関連付けた話に対しても、いろいろの声を頂戴しました。「歌と踊りが言語以前のコミュニケーション手段だったと考える。ボカロは、この原始の対話が復活しているように感じる」⇒ルソーの「言語起源論」に、言葉の起源として「身振り」と「抑揚や叫び、歌うような情熱的なもの」と書かれていることを思いだします(ルソー『起源』白水社,p.151、p.159)。「技術の進化を取り入れた芸術創出は、関西万博で作品を発表するメディア・アーティスト落合陽一の作品ヌルヌルにも感じられる」⇒落合陽一氏の万博パビリオン「ヌルヌル」、風景ゆがむ世界初のミラー膜材が完成間近 | 日経クロステック(xTECH)⇒行ってみたくなりました。

 

 ノルウエー生まれのキルケゴール研究者R・トムティーが「キルケゴールは自らをソクラテスの継承者と見なした。彼の課題はソクラテス的なものだった」と書き(『キエルケゴールの宗教哲学』第十二章「ソクラテス的助産術」p.210)、ミネソタ大学教授でキルケゴールを初めて英文に翻訳したことで知られるスウェンソンの表現「ソクラテスのアブにならった『内省的産婆術』」、を紹介している(同p.219)のは実に興味深いですね。


 河上徹太郎は、モーツァルトは音調(音の調子)によって舞台の登場人物を描き分ける名人であり、モーツァルトの音楽は「音の実存」によって、ツェルリーナやレポレロが現前してくる、と書いています(『ドン・ジョヴァンニ』講談社学術文庫,pp.79-80)。フランスの音楽評論家、ロラン・マニュエルも「音楽的実存」の表現を使って、次のように語っています。


 「モーツァルトの天分は、まさにかれがふれるすべてのものを音楽に変えるところにあります。劇の要素が、ひとつひとつ、かれの手の下で、音楽的実存にめざめてくる。…それぞれの主体が、その人物の調子、歩み、性格をもっているさまをみてごらんなさい。ドン・ジョヴァンニのバリトンはレポレロのバリトンと同じように歌うでしょうか?ドンナ・エルヴィーラのアクセントをドンナ・アンナのそれと混同できるでしょうか」(『音楽の楽しみⅡ』白水社、p.195、テキストp.78)


 「実存」とは、自分が自分であることを認識している状態のことです。モーツァルトの音楽は、それぞれの音そのものが、それぞれの歌手の中で、その歌手の「何であるか」を表現している、とでも言えるでしょうか。ポスト・モダンにおけるボカロへの若者たちの熱狂的な愛は、ボカロが、彼ら自身が何者であるかを自覚させてくれ、「自分は自分でいいのだ」という自己への「目覚め」を誘発してくれるが故の、喜びの反映だと言えると思うのです。

言ってみればこれは、ボカロによるソクラテス型産婆術であり、キルケゴールが現代に生きていたなら、「何だ、ボカロと言うのはモーツァルトと同じソクラテス型助産婦ではないか」と、感嘆の言葉を述べるかも知れませんね。


 河上徹太郎は、『あれか、これか』におけるキルケゴールの官能についての一文を紹介するなかで、少年のころの多感なモーツァルトを「小ドン・ジョヴァンニ」と名づけています(河上徹太郎『ドン・ジョヴァンニ』pp.51-52) 。モーツァルトは長じても、「音の実存」を駆使して人々を目覚めさせる「ドン・ジョヴァンニ」だったと考えるのは楽しいですね。

 
 
 

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