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8,引きこもりの自分:ヘーゲルの夢解析

  • 6月16日
  • 読了時間: 3分

 「夢は身体が必要としているのではないか」のお声、そして「目の見えない人でも夢を見るのか」の疑問から、江戸時代の名だたる検校・塙保己一(1746-1821)の話題に広がり、直木賞候補にもなっている話題作『見えるか保己一』(蝉谷めぐ美著、KADOKAWA)が紹介されるに至りました。目の見えないひとは、視覚以外の四感(触覚、嗅覚、聴覚、味覚)にかかわる夢を見ることを、受講生の方が調べてくれました。白神山地でブナの木が地下水をくみ上げる音に耳を当てて聴く体験話には感動しました。この講座があたかも太い幹であり、皆さんのお話が、そこを流れてゆく水流のような感じがしております。

 

 本日は皆さんのお一人からのリクエスト、なんとヘーゲル(1770-1831)と夢の関係です。ヘーゲルといえば、「正反対の状態が乗り越えられて新しい状態が出現する」アウフヘーベン(止揚)に象徴される弁証法で知られるドイツの大哲学者です。ヘーゲルなど持ち出されて、こちらは困惑の極みですが、皆さんからの挑戦と受け止めて「やるしかない」ですね。

 

 脳の働きの研究から夢について①記憶の整理説②感情の調整説③問題解決説、があるとのご紹介もありました(毛内拡著『自分をつくる脳のしくみ』オレンジページ、pp.106-107)。ヘーゲルの考え方は、簡単に言うと「夢は自己内引きこもり」とでもいうものです。

 

 ヘーゲルの著作の中で、夢についての記述があるのは「エンチュクロペディー」(『世界の大思想Ⅱ-3』樫山欽四郎ら訳)です。読み解きがなかなか難しいので、ここではAI君の助けを借りて、解説してゆきたいと思います。

眠っているとき、私たちの心は外界から切り離された状態にあり、夢はその閉じこもりの状態の中に生じる幻影、とヘーゲルは考えました。目覚めた精神(意識)は、夢の主観的な世界を脱し、「自分(主観)」と「世界のルール(客観)」を明確に区別して認識する段階です。ヘーゲルにとって、「眠りから夢を経て目覚めること」は、人間が動物的な自然状態から、理性的・社会的な精神へと脱皮するプロセスの縮図と言います。


 ヘーゲルは、夢の中の意識を「天才の霊感」や「狂気」に近いものとして分析しています目覚めた状態では時間や空間、因果関係という普遍的なルール(客観的連関)や論理的な法則に従って世界を認識することに対し、夢の中ではこうした制約がなくなり、バラバラで主観的なイメージが勝手に結びつきます。そして、他人と共有できる「公共の現実」から切り離され、自分だけの「私的な現実」に支配されている「主観性の孤立」状態だと、ヘーゲルはみなし、精神が一時的に理性を失った状態(一種の狂気)とも言えると言います。


 人間は日常、外の世界(仕事、他者、社会のルール)に適応するために、常に緊張を強いられています。心は夢を通じて、外の世界から一度「自分自身の中」へと完全に引きこもります。この引きこもり(自己内存在)のプロセスがあるからこそ、精神はエネルギーを補給し、再び新鮮な状態で「目覚めた理性」へと戻っていくことができます。つまり、夢は精神が健康を維持するための「自己回復のメカニズム」だというのです。


 引きこもりの自分に入り込める唯一の存在が「神」であり、旧約聖書にあるユダヤびとヨセフに降りてくる声が「それ」なのか、もろもろ皆さん、自由に座談ください。

 
 
 

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