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6,アリストパネス登場

  • 2月17日
  • 読了時間: 3分

 「ふと、会話と対話の違いは何だろう、と調べてみました。会話は、たんなる情報や気分の交換ですが、対話は何かのテーマをめぐっての考えや感じ方の相互交流だとか」―今回のテーマ「語り合う」について、いきなりこんな話が出てきました。「語り、とは、話すと違って、だます(騙り)の意味合いがあります。ソクラテスの対話術が、語り合うことにあるなら、ある意味では騙しの技術とも言えるのではないか」「話し合い、助け合いなどの共助の精神から、日本人は逃げ出すとしているのではないか、と危惧しています」。と次々と、皆さんから素敵な話が出されて感激です。


 あまつさえ、拙論「ソクラテスの『言語将棋』―『善』への王手筋を読むー」(聖徳大学紀要第12号、2001)まで紹介していただき、語り合いは、将棋の「指す」「指される」に対応するのではないか、との興味深いご指摘まで飛び出しました。なるほど、将棋は、盤面の全体情勢を勘案しながら、相手がどう出るかを読み、次の一手を打つ、それに対して相手も同じように思考して打ち返す、これはまさに「語り合い」と同じですね。

今回は、キルケゴールのソクラテス論の第三弾、アリストパネスの登場です(『イロニーの概念』pp.218-245)。ソクラテスが詭弁道場の校長として雲に乗って登場する作品『雲』(『ギリシア喜劇Ⅰアリストパネス(上)』田中美知太郎訳、ちくま文庫)を題材に、キルケゴールの独特な視点が光ります。


 『雲』の主人公は、遊びまわって多大な借金を作った放蕩息子に、借金を棒引きにする詭弁を学ばせようと、代わりにソクラテスの思索所に入門し、あれやこれやと示唆を受けて息子を教導しようとしますが、逆に息子からやり込められ、頭にきて最後にはソクラテスの思索所に火をつけて燃やしてしまう喜劇です。キルケゴールは次のように語っています。


 「古代の文献の示すところでは、『雲』の上演がこの点での最も厳格な批評家、すなわちソクラテスその人の列席の栄を受け、そしてソクラテスが観客を喜ばせるために上演の合間に、劇場に集まった大衆が<なるほどよく似ているわい>と確信できるように、みずから立ち上がって見せたとある。(『イロニーの概念』pp.219-p.220)「さて、まず第一に重要なのは、アリストパネスが舞台にもたらしたのは、現実のソクラテスであるということを確信することである。この確信が古代の伝統によって強められるように、この劇『雲』の中には、史実的に確かであるか、そうでないにしても通常ひとがソクラテスについて知っていることに完全に似たものとして現れるところの、種々様々の特徴が見いだされる」(同p.223)


 とまあ、キルケゴールに言わせると、喜劇『雲』に登場するソクラテスは、実際のソクラテスと考えて良いそうだとか。しかも、観衆の一人としてあいさつまでしているとは!

舞台でソクラテスは吊りかごに乗って登場し、主人公ストレプシアデスをびっくりさせます。天からは雲の精の声が響き、ソクラテスは「ゼウスなんていない。雨を降らすのは雲である」などと不敬な言葉を投げかけます。これが現実のソクラテスだったら、「不敬罪」で訴えられるのも無理はないかも。さて、さて、どうでしょう。とにかく『雲』に登場するソクラテスを吟味してみましょうね。

 
 
 

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