1, 夢日記開帳
- 4月23日
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前回の講座でご指摘を受けた「流れに棹さす」について皆さんにお聞きしたいと思います。夏目漱石の小説『草枕』の冒頭に「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される」という一節は、感情に流されてしまう生きづらさを表現した名言です。この「棹さす」について、「私は流れを止めようとする作業」と考えていましたが、「それは逆。流れをさらに勢いよくする行為ですよ」と、お一人からご指摘を受けました。その通りなのですが、統計によると、年代を問わずに半数以上の人が、わたしと同じ逆の解釈をしているそうなのです(添付資料参照)。皆さんは、どう感じていましたか。
事前にお配りした「夢・千夜一夜 記者時代の『あの躍動感』をもう一度」は、毎日新聞東京本社OBによる同人誌『ゆうLUCKペン』の第48集(2026.2.26)への投稿文です。記者時代のある時期、ふと思いついて、枕元にペンを置き、印象的な夢を記録することを始めました。記録しようと思ったのは、夢のなかでの不思議な躍動感に興味を持ったからです。私は、事件記者としてロッキード事件など、いくつもの大きな事件を担当してきましたが、事件に臨んでいるときのわくわくする気持ちが、夢の中でも感じられたのです。
私は、この一文の冒頭を次のように始めています。
プラトンは、夢は我々の心の中にある非合理的な動物の現れだ、と考えたとか、アリストテレスは身体内部の感覚が眠っているときには目を覚ましているときよりもはっきり感じられる、とか、古代の哲学者たちも夢に大いなる興味を持っていたようである。
プラトンやアリストテレスら古代の哲学者たちが、夢について具体的にどのように考えていたのか、それは次回からじっくりお話してまいります。まずは、「サンデー毎日の記者時代のあるとき、夢を記録してみたいと、枕元にノートを置いて思い出すままに書き留めることを始めた」との書き出しで始まる最初の記述をご紹介することにいたします。
1986年1月17日(金)11:00
(休みの日、前日までかなりの疲労、いつものように寝過ごして)
海の崖のへりにできた公園。こんな建物があり、先頭の金属製の細い塔が左右にギッコンバッタンと揺れるようになっている。ぼくはそこに登ってみたくなり、てっぺんにかじりついて、左右に揺れる。それは大変なスリルである。右、左と大きく揺れるたびに、そのまま空中にはじき飛ばされそうになる。
これはいったい何なのだろうか。夢を見るのは、眼球が動くレム睡眠時と言われている。夢の研究で知られる宮城音弥は「レム睡眠は精神が内向し、幻想に向かう生理的時期」と考えた(宮城音弥『夢』岩波新書,p.14)。レム期は睡眠の2割を占めるそうで、フロイトは、夢は人間にとってなくてはならないもので、「夢は睡眠の守護者」と言ったという(同書p.17)
さてさて、では、夢についてのおしゃべりを始めることにいたしましょう。
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