10,誰がソクラテスの産婆なのか
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前回も、皆さんから啓発的なお話をたくさんいただきました。
「人生って暇つぶし、と言った方がおりました」 「暇つぶし」とはよく言ったものですね。暇つぶし、とは、時間つぶし、と読み替えられます。時間は流れていき、それを止めることはできません。でも、何かをすることによって、時間を埋めることはできます。言ってみれば、時間をなくす、ということでしょうか。「人生は暇つぶし」と最初に言ったのは、あのパスカルですね。
「私たちは、遺伝子を活かす乗り物。人生の意味を考えても意味がない」。生物が遺伝子の乗り物と言う考えは、進化生物学者リチャード・ドーキンスの「利己的遺伝子」論から発祥したものですね。遺伝子は、自分を存続させるための自分勝手な存在、というもので、生物の身体を利用している、という、ものです。
朝日新聞夕刊コラム「素粒子」(3月9日)には、日本のルネ・クレールとうたわれた映画監督の伊丹万作(1900-1946)の名言が紹介されています。
「〈だますものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起こらない〉。為政者の嘘(うそ)が当たり前の世界でまたしても五輪直後に戦争は仕掛けられた。テレビ演説も会見もせずにSNSで吠(ほ)える米大統領。予算審議のさなかに「首相動静」3行の高市首相。通底するもの〈あんなにも造作なくだまされるほど批判力と思考力を失った罪を問わないなら、国民は何度でもだまされるだろう〉と伊丹は予言した。東京大空襲からあす81年」
今回は、テキスト「ソクラテスにとって、他者とは何であったか」の「5,誰がソクラテスの産婆なのか」(pp.150ー161)を読み込んでゆきます。ソクラテスは対話によって相手の心の奥深く入り込み、価値観を転換して、生まれ変わらせる「産婆術」の使い手ですが、実際は、ソクラテス自身が対話の相手によって、絶えず「新生」していたことを、私は次のようにテキストで示しました。
他者との対話の時、ソクラテスが常に心がけていたのが「一緒に考える」ということである。…一緒に考えることによって、対話の相手はソクラテスに刺激され、新しいアイデアが浮かんだり、気づかなかったことに気づいたりするようになる。これがソクラテスの問答法の一つの効果だが、実はソクラテス自身もこうした他者との対話の過程で、次々と進化していくのである(p.155)。
他者という鏡を通してしか、自分自身を見ることはできない、ソクラテスは何よりもそのことを知っていたのである。彼にとって、…対話するすべての人間が教師であり発見の手引きであった。つまり、彼ら「他者」こそが、ソクラテスの産婆にほかならなかったのである(p.159)。
(ポテイダイアの戦場において)ソクラテスは立ち続けながら、アテナイで人々と対話をしていたに違いないのだ。友人だけでなく、ソフィストたち、さらには大工や左官、靴屋や石工、パン屋や船頭、あらゆる人たちと。心の中で対話を続けていたのだ。…なぜならば、ソクラテスにとっての「汝自身を知れ」の命題は、その答えを彼ら「他者」が秘めているはずだからである(p.161)。
テキストの「6、小さなソクラテス」で、私は学生たちとの対話を通して得た、「ソクラテス体験」とでも言えることを書いています。是非、ご照覧あれ、そしてご意見を!
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