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4,悪魔のいたずらか神の奇蹟か

前回は、モーツァルトの音楽の「かなしみ」は、万葉集の歌人の「かなしみ」と同じである、との小林秀雄の意識に対して、感じること=直観は人それぞれに違いがあり、小林秀雄の感じ方と私達の感じ方を等しく論じることはできない、といった議論がありました。映画『アマデウス』の話や、帝国劇場で行われているミュージカル『モーツァルト!』などのご紹介、また、好きな曲として『クラリネット協奏曲』があげられました。アイネ・クライネ・ナハトムジークぐらいしか知らない、とのお声も出ましたが、映画『アマデウス』で、この曲をピアノで弾いているサリエリに対し、訪れた神父が「素敵な曲ですね、あなたが作曲したのですか」と尋ねると、サリエリが不快な顔で「違う」と答えるシーンが実に印象的です。


 小林秀雄は『モオツァルト・無常という事』(新潮文庫)の冒頭で、ゲーテ晩年の秘書役エッカーマンの話を引用し、「ゲーテはモオツァルトに就いて一風変わった考え方をしていたそうである。…はっきり言って了(しま)えば、人間どもをからかう為に、悪魔が発明した音楽だと言うのである」(p.7)と書いています。本日は、エッカーマンの『ゲーテとの対話』(岩波文庫、山下肇訳)を題材として、ゲーテのモーツァルト論に踏み込みましょう。

ゲーテ(1749~1832)は、14歳ごろのとき、7歳のモーツァルト(1756~1791)が演奏する場に居合わせています。「彼が七歳の少年のとき、見たことがあるよ。ちょうど彼が旅行の途すがら、演奏会を開いた折りだ。私自身は、十四歳ぐらいだっただろう。髪をむすび剣をおびた彼の幼い姿はいまもまざまざと覚えている」(1830.2.3同書中p.163)。


 ゲーテは『魔笛』の続編を書き、その公演を目指しています。「私たちは『魔笛』の原典について話をした。ゲーテは、その続編を書いた。けれども、その題材を十分にこなせる作曲家が見当たらない」(1823.4.13 同下pp.27-28)。『魔笛』の原典とは、言うまでもなくシカネーダ―のことで、彼の台本をもとにモーツァルトが音楽をつけました。モーツァルトがこの年にはすでに亡くなっていたのは残念で仕方ありませんね。


 ゲーテはファウストのオペラ化を目指して音楽をモーツァルトに頼みたい、とも考えています。「その音楽には、『ドン・ジョヴァンニ』の音楽みたいな性格がなければならない。モーツァルトが『ファウスト』を作曲しなければいけなかったのだよ」(1829.2.12同中p.62)。この『ドン・ジョヴァンニ』について、ゲーテは「自己の天才のデモーニッシュな精神に支配されてその命じるままに実行したに過ぎない」と言い(1831.6.20同下p.303)、

 「天才というものは、神や自然の前でも恥ずかしくない行為、それでこそ影響力をもち永続性のある行為を生む生産力にほかならない。モーツァルトの全作品は、そうした種類のものだ」(1828.3.11同下p.199)。また「デーモンが、音楽における到達不可能なものとして、モーツァルトをつくりあげた」(1829.12.6同中p.140)と言い、36歳で死んだモーツァルトは「悪魔どもに足を引っ張られた」とも言っています(1828.3.11同下p.209)。


 ゲーテは一方で「モーツァルトの出現は解きがたい奇蹟であり、神がそれを行わないならば神はいったいどこに奇蹟を行う機会を見出すだろうか」(1831.2.13 同中p.238)とも言っています。皆さん、モーツァルトは悪魔のいたずらか、神の奇蹟か、どう思いますか。

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