1, ドン・ジョヴァンニとは何者なのか
- 和行 茂木
- 3月9日
- 読了時間: 3分
スペインの伝説上の人物で、数多くの女性を誘惑しては捨てる好色放蕩な「猟色家・女たらし」の代名詞になっている「ドン・ファン」(スペイン語)、フランス語では「ドン・ジュアン」そして、イタリア語では「ドン・ジョヴァンニ」―この男を主人公としたモーツァルトのオペラ『ドン・ジョヴァンニ』の主人公は、「エロス」を内在した「一つのソクラテス」である、が、皆さんにお渡ししたテキストでの結論です。
2012年4月に新国立劇場で行われたエンリケ・マッツォーラ指揮・東京フィルハーモニー管弦楽団演奏のオペラ『ドン・ジョヴァンニ』において、演出にあたったグリシャ・アサガロフは、ドン・ジョヴァンニなる人間の存在について、「デモーニッシュな面を持ちながら、エレガントな物腰と人間的な魅力にも事欠かない」多面性を持つ人間と描いています。
音楽ジャーナリストリストの石戸谷結子が
『ドン・ジョヴァンニ』歌手の系譜とドン・ジョヴァンニ像の変遷
で描き出しているドン・ジョヴァンニは、まさに多面的、多彩です(新国立劇場『ドン・ジョヴァンニ』パンフレット、2011-2012。pp.32-33)。
「長身にしてハンサム、堂々とした威厳のある振る舞いと立派な声で女性たちを魅了」(50-60年ほど前のドン・ジョヴァンニ)
「威圧的な放蕩貴族で、過去の栄光を保ちつつも、黄昏つつある」(1950-60年代)
「ゆったりした色男としての優雅」「悪人の顔を貴族の衣装に隠した、二重人格者」(80年代後半)
「昼と夜でジキルとハイドの両面を見せる複雑な」「憂鬱症の哲学者のような」(90年代)
「うろうろしているだけの哀しい、貴族の称号は剝奪され、道徳観のない放蕩児のイメージ」「時代に合わないアウトサイダー的なキャラクター」(~以後)
オペラ『ドン・ジョヴァンニ』のなかに、これほど多種・多様なドン・ジョヴァンニが存在していたとは、モーツァルト自身が目を丸くしてしまうのではないでしょうか。
オペラ『ドン・ジョヴァンニ』の台本作者ロレンツォ・ダ・ポンテ(1749年3月10日 - 1838年8月17日)は、イタリアの詩人で洗礼を受け聖職者でしたが、放蕩な生活で追放され、ウイーンに移り住みました。そこで、サリエリの口利きにより詩人としてヨーゼフ2世の宮廷に召し抱えられ、モーツァルトの三大オペラ『フィガロの結婚』『コシ・ファン・トゥッテ』そして『ドン・ジョヴァンニ』の台本を手がけることになります。
まるでダ・ポンテ本人を思わせるような放蕩男ドン・ジョヴァンニが、いったいどうソクラテスとつながっていくのでしょうか。スエーデンの哲学者キルケゴールの言葉「ドン・ジョヴァンニは一つの生であり、そして他者の生の原理である」(テキストp.47、キルケゴール著作集1、白水社、「あれか、これか」第一部上、p.194)を手がかりに、オペラそのものも、ご覧いただきながら講座を進めて参ります。
(注 「あれか、これか」原文のLivは、「生活」や「人生」と訳されていますが、私は「生きるということそのもの」と解釈し、「生」としています)。
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